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ホーム > 釜石のひと > 小笠原友菜ちゃん

釜石高校3年生
小笠原友菜ちゃん

生徒会でボランティア部署に所属し、様々な活動を行ってきた友菜ちゃん。

生徒会活動を通して、様々な人とのつながりを作ってきた友菜ちゃんの周りには自然とみんなが集まってくる。

 

<人のあたたかさ>

友菜ちゃんは、小学校4年生の時に東日本大震災を経験した。たまたますれ違った車に避難所まで送ってもらえることになったが、その道中で一緒に避難していた他の車とはぐれてしまい、自分と何人かの友達が乗っていた車だけが別の避難所に行きついてしまった。周りは知らない人だらけで不安でいっぱい。いつ家族と会えるのかという不安も募っていく。そんな時、避難所にいる人たちは見知らぬ自分たちに優しく話しかけてくれた。人の優しさや温かさを身に染みて感じた。そこから1週間が経って、やっと家族のいる避難所への連絡がとれた。この経験を通して、友菜ちゃんは地域の人とのつながりを大切にしたいと思うようになった。
<生徒会活動を通して>

友菜ちゃんは先生の誘いを受けて、生徒会に入ることになった。所属していたボランティア部署では生徒会ボランティア募集の広報活動や、全国様々な場所で東日本大震災での経験やこれまでの防災授業の実績を伝える活動を行った。高校1年生の頃は宮城や岩手内陸など比較的近い場所が多かったが、進級するにつれて大規模な災害フォーラムや東京、神戸など規模が大きな場所でも話すようになっていった。大人に向けて話すこともあれば、高校生に震災についての経験を共有する機会もある。そのような数々の経験を通して、震災を経験した自分だから話せること、話すべきことがあると感じるようになり、活動への責任感を持つようになっていった。そんなしっかりした友菜ちゃんの姿を見て、後輩たちも活動を引き継いでいっている。自分自身もこれからもこのような活動に関わっていきたいと話した。

 

 

<友菜ちゃんのこれから>

友菜ちゃんは春から大学に進学する。

非常食を開発するために栄養学を学ぶという。以前から管理栄養士になりたいと考えていたが、高校に入って具体的な進路を考え始め、震災をはじめとした自分の今までの経験を何に生かせるかと考えたときに思いついたのが非常食だった。

自分が震災を経験したとき、水が止まっていたり缶切りがなかったりして非常食を食べることが出来なかった経験がある。食べやすいものだと賞味期限が短く、賞味期限が長ければ食べにくさが問題になる。そこで、長持ちかつ美味しくて手軽に食べられる非常食を開発したいと話してくれた。

これまで震災伝承活動を数多く行ってきたが、実は大人数の前に出て話すことはあまり好きではないそうで、大学では研究に専念したいとのことだ。また新しい友菜ちゃんの姿が見られることがこれから楽しみである。

 

 

“自然豊かで落ち着けるところ”

釜石のいいところとして海と人の良さを挙げた友菜ちゃん。

人とのつながりを学んだ、それが友菜ちゃんのふるさと。