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この日は、大谷地区での活動!
もちろん、能登の支援がメインですが、次の災害に備えていろいろ経験しておこうと思い、RATsのなっちゃんにお願いして活動に参加させてもらってます。
 
…といっても、自分は重機が扱えないので、屋外作業ではやれることが限られる分、できるところで作業やフォローさせていただきました!
 
そして、何気に気になっていた「外浦の未来をつくる会」の方が差し入れを持って来てくださって、インスタの中の人に直接お会いできました。
やっぱり、地元主体で能動的に動いている方々って、それだけで応援したくなるのは、かつて自分も同じ立場だったから✨
 
ちなみに、釜石からいたさん板垣 精一郎もボランティアに参加してくれてたんで、ほんとは一緒に活動したかったんですが、タイミング合わずでご一緒できず・・・泣
それはまた次の機会に〜
 
※さんつなの能登半島地震支援活動は、「赤い羽根共同募金 ボラサポ」の助成を受けて実施しています。
ここ最近は、輪島市を中心に災害支援を行っている災害支援 Seeds of Hope さんのボランティア受け入れサポートなどもさせてもらっています✨
 
この日は、門前高校の1年生全員が授業の一環でボランティアに来てくれました☺️
奥能登豪雨で被害を受けたお宅で、土砂の撤去や土のうづくりを行い、土砂流入を防ぐための土留めの方法の指導もさせていただきました。
みんなで汗をかき、泥だらけになりながら、地域のために力を合わせてくれたこと、それに関わらせてもらって本当に心に残る1日でした。
 
特に、お家の方が「こんなに若い人たちを地元で見たのは何年ぶりかしら」と嬉しそうに話されていたのがとても印象的でした
東日本大震災の被災地支援の現場でも、地元の若者が汗を流す姿に励まされた人々をたくさん見てきたからこそ、こうした活動の積み重ねが地域にとってどれだけ大切か、あらためて実感しました。
 
※さんつなの能登半島地震支援活動は、「赤い羽根共同募金 ボラサポ」の助成を受けて実施しています。
3日間でトータル100人を超えるボランティアさんの受け入れサポート!
急遽の雨漏り対応があって自分は2日間だけでしたが、まだまだ被害が色濃く残る中で、これだけ多くのボランティアの方々が現場に来てくださることは、地元の皆さんにとって本当に心強いだろうな〜と感じながら、一緒に活動させていただきました!
 
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現地では今も継続的な支援が求められており、活動を続けていくためには皆さまからのご協力が欠かせません。
「自分も何か力になれたら」と思ってくださった方は、ぜひ活動支援金という形での応援をお願いいたします。
一緒に“未来につなぐ支援”を広げていきましょう!
 
★ 「さんつな」への活動支援金のご協力はこちらから
 
※さんつなの能登半島地震支援活動は、「赤い羽根共同募金 ボラサポ」の助成を受けて実施しています。
 
能登半島地震に加えて、豪雨被害も大きかった地域での支援活動を実施!
再建はまだまだ先ですが、ひとまず取っておきたい家財などは公民館に保管OKな地域ということで、自宅から大きめの家財を運び出す作業を行いました。
 
2階からの大きな家財の搬出は、スペースが限られるしぶつけられないし大変ですが、一般社団法人REvive Japanさんとのいい感じの連携で無事完了!
 
午後は、雨漏りの被害を受けた建物の天井と壁の修繕作業!
 
まだまだ深刻な被害が残る地域が点在している状況です。
これからも微力ながら、支援の手を届けていきます!
 
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現地では今も継続的な支援が求められており、活動を続けていくためには皆さまからのご協力が欠かせません。
「自分も何か力になれたら」と思ってくださった方は、ぜひ活動支援金という形での応援をお願いいたします。
一緒に“未来につなぐ支援”を広げていきましょう!
 
★ 「さんつな」への活動支援金のご協力はこちらから
 
※さんつなの能登半島地震支援活動は、「赤い羽根共同募金 ボラサポ」の助成を受けて実施しています。
 
能登高校を訪問してきました!
 
釜石の高校生による震災伝承・防災グループ「夢団」のメンバーを能登に連れて行ったのが3月。
今度は、能登高校の生徒有志が釜石をはじめとした東北へ学びに来る予定となっており、その打ち合わせとご挨拶を兼ねて訪問してきました。
 
何をするにも予算が必要になる中、先生方が尽力してくださったおかげで、なんとか実現のめどが立ってきました。本当に感謝です!
 
今回の取り組みは、能登の復興に寄与するのはもちろん、2011年の震災当時は1〜3歳と幼く、震災の記憶が限定的な今の夢団メンバーにとっても貴重な学びの機会になるはず。
互いに学び合い、つながり合える交流となるよう、しっかり準備を進めていきます!!
 
そして、今期も引き続き能登の災害支援活動を継続しています。
現地では今も継続的な支援が求められており、活動を続けていくためには皆さまからのご協力が欠かせません。
 
「自分も何か力になれたら」と思ってくださった方は、ぜひ活動支援金という形での応援をお願いいたします。
一緒に“未来につなぐ支援”を広げていきましょう!
 
★ 「さんつな」への活動支援金のご協力はこちらから
 
 
いつも能登で一緒に活動してるメンバーが東北まで来てくれました!
 
特に仲良し同年代のいわーなとは、5/3から3日間フルコミットでアテンド。大熊未来塾の活動にも一緒に参加させてもらって、自分自身もすごく学びの多い時間になりました!
 
初日は山火事の被害が大きかった大船渡でボランティア活動、2日目は釜石や岩手を巡って震災当時のお話や観光を、3日目は大熊まで移動して遺留品の捜索ボランティアや、代表の木村さんに現地を案内いただきました!
 
さらに、女子旅3人組も釜石まで来てくれたんで、自分の震災の経験をお話ししたり、石巻まで移動して夜の街へ繰り出したり…!
自分にとっても、学びも含めてとても充実したGWに感謝です!
 
 

赤い羽根「災害ボランティア・NPO 活動サポート募金」(ボラサポ) 助成ならびにご寄付の御礼

このたびは、あたたかいご支援をありがとうございました。皆さまからの寄付を原動力に、私たちは能登半島地震と奥能登豪雨の被災地である輪島市門前町を中心に、延べ161日間の支援活動を実施することができました。

現地では、豪雨による土砂災害も重なり、家屋や暮らしに大きな被害を受けた方々が今もなお困難な状況に置かれています。私たちは、そうした方々に寄り添いながら、支援ニーズの調整やボランティア活動のコーディネート、さらには震災の経験を未来へつなげる取り組みにも力を入れてきました。

特に印象的だったのは、東日本大震災の被災地・釜石から、震災伝承に取り組む高校生たちが能登を訪れ、同世代と交流しながら支援活動に参加してくれたことです。また、仮設団地で始まり今も続いている「トラのキーホルダー」を、能登の子どもたちに届ける取り組みも実現できました。被災地同士が手を取り合い、希望を分かち合う姿に、支援の本質を見た気がします。

皆さまのご寄付が、こうした取り組みを可能にしてくださいました。これからも支援が必要な場所に、必要な人の元に、想いと行動を届けていきます。あらためて心より御礼申し上げます。

 

さんつな 代表 伊藤 聡

全く意図せず、2年連続でとびくんの誕生日を一緒に過ごしました🎂✨
 
黒島での活動も半年が経つとびくんですが、地域の方から煮しめやニラを誕生日プレゼントでいただいたり、お隣さんがサプライズでお祝いしてくれたり…とびくんが丁寧に築いてきた関係性が感じられて嬉しい限りです!
何より、いずれ訪れる自分の去り際と、その後の地域の理想の姿や関係性を模索しながら、活動をデザイン出来てるんが、ほんと素敵でした!
 
ちなみにゲストハウス黒島は、めちゃくちゃ快適でオススメです◎
 
 
 
今日は釜石シーウェイブスRFCのホーム戦に合わせた震災伝承活動!
冷たい風が吹く中、シーウェイブスの試合結果はちょっと残念だったけど、2人の語り部がしっかりがんばってくれました✨
 
語りが終わったあとは、聞いてくれた方とちょっと立ち話をしたりして・・・
「2018年のスタジアムのこけら落としから何度も来てるよ〜」っていう東京のラグビーファンの方や、「震災後にボランティアで来てたんだ」って方、「当時の学校の様子、覚えてるよ」って方もいて。
 
ラグビーを観に来たら、高校生が活動をしている姿を見て、一瞬でも”防災”について考えるきっかけになる。
まさに“フェーズフリー防災”って、すぐに効果が見えるものじゃないけど、だからこそ、こうやって地道に続けていくことがやっぱり大事!
 
 

『震災の経験がつなぐ未来—循環する防災の意識と学び』

2025.3.31
さんつな 代表 伊藤 聡

釜石で防災や震災伝承活動を行う高校生グループ「夢団」のメンバー6名とともに、能登半島地震や奥能登豪雨で大きな被害を受けた地域を訪れた。

きっかけは能登の支援活動を通して知り合った、とある元教員との出会い。
2011年の東日本大震災の報道を通じて「津波てんでんこ」や、学校の管理下にあった小中学生全員が無事に避難した「釜石の出来後」などの防災教育の成果を知ったことで、自身が務める中学校で、本格的な防災教育に取り組んだこと。そして、この取り組みが今回の能登半島地震でも一定の効果をもたらしたという事実を知ったこと。

私自身も、3.11当日は海に程近い旅館で働いており、津波に追われる様に逃げた裏山で一命を取り留めた。その際に津波の映像を撮影していたこともあり、語り部としての活動を現在も続けている。
「山の中にとどまるか?それとも山を下りて、旅館の4階へ向かうか?」
語り部として話をする際は、必ず聞き手が自分で考える場面を設けている。突如として訪れる自然災害では、瞬時にさまざまな選択を迫られるため、その重要性を実感してもらうことが目的だ。この14年間、 “未来のいのちを守る”ために、そうした語りを続けてきたことである。
しかし、自分の経験を伝えることが、誰かの役に立っていると実感する機会はこれまで一度もなかった。ところが、2024年2月からRQ能登のサポート役のコーディネーターとして関わる中で、3.11の経験が能登で活かされたという出来事に直面し、大きな高揚感を覚えた。

釜石の高校生による防災・震災伝承活動グループ「夢団〜未来へつなげるONE TEAM〜」のメンバーは、東日本大震災当時、まだ2〜3歳で、当時の記憶を持つ者はごく限られている。
このグループが生まれたきっかけは、ラグビーW杯2019の会場の一つに選出された釜石の「鵜住居復興スタジアム」で語り部や“津波伝承うちわ”の配布といった伝承活動を行ったこと。
“震災の記憶が残る最後の世代“というキーワードのもと、コロナ禍の影響で思うように活動が出来ない中でも、高校生らしい取り組みを続けてきた夢団も、”記憶のない世代“が大半を占める世代となっている。
記憶がなくともできる活動はある。実際、語り部として活動している高校生の多くは震災の記憶を持たないが、自身の経験や学びをもとに語っていたり、直接的な震災の経験のある人から聞き取ったことを語り継いだりと、それぞれ工夫しながら語り部活動を行っている姿を、尊さを強く感じながらサポートをしている。
一方で、防災意識の低下を感じることもある。震災から年月が経つにつれ、意識高く活動に参加する高校生の数は減少している。

「能登の経験を逆輸入できないだろうか?」そう考えた。釜石の出来事をきっかけとして始まった能登の防災教育に触れることで、釜石の高校生の防災意識の向上が見込めるのではないか。連れて行ける人数には限りがあるが、そのメンバーから次世代へと伝播させることで、意識の底上げにつながるのではないか。

そうした思いのもと、4泊5日の被災地支援活動と被害状況の視察を実施した。
訪問したのは、奥能登地域の能登町。特に町立小木中学校の防災活動は素晴らしく、防災甲子園で大賞を受賞した実績もある。受賞当時の校長である大句わか子氏に、事前のオンライン研修の講師と、小木地区の案内をお願いした。
残念ながら小木中学校は2024年度で休校となるが、私たちは2学年の授業にお邪魔させていただき、同校の取り組みを紹介していただいた。また、お互いの防災に関する考えを交換し合う時間を持った。
翌日は地震と津波の被害が甚大だった白丸地区を訪問。住民の方々の協力により、現地を案内していただいた。残念ながら一名の住民が倒壊した家屋内で犠牲となったが、多くの住民が3.11の教訓を活かし、協力しながら高台へ避難したことで命を守ることができたという。

そのほか、珠洲市の商店街や津波被害の大きかった地域、公費解体が急ピッチで進められている地域などを視察し、最終日には輪島市門前町で支援活動を行うRQ能登のボランティア活動に参加した。

夢団の高校生たちは、消化しきれないほど多くの経験を積んだ。今後、活動報告会や動画による発信を予定しており、その中で彼らが何を感じ、何を学んだのかが明らかになっていくだろう。
「 “被災”というもののリアルを感じられた」「(記憶はないが)3.11と重ねて被害状況を知ることができた」「私たちの地域も、こういった方々(ボランティア)に支えられて今がある」
そんな言葉の一つひとつに、彼らの確かな成長がにじんでいる。
震災の経験や学びが、世代や地域を超えて循環し、新たな防災の意識を生み出していく。このつながりをさらに広げていくために、今後も能登の支援を続けながら、夢団の活動を支えていきたい。

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本事業は、「内閣府 ボラGO」「大和証券財団」「Tri4Japan」の支援によって実施されました。

また、さんつなの能登半島地震ならびに奥能登豪雨災害の被災地支援活動は「赤い羽根共同募金 ボラサポ」の助成で実施しています。

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